東京地方裁判所 平成6年(ワ)11815号 判決 1995年12月12日
原告
桜井正巳
右訴訟代理人弁護士
土井範行
被告
株式会社旭商会
右代表者代表取締役
大塚利一
主文
一 被告は、原告に対し、金一二三万九〇〇〇円及びこれに対する平成六年六月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文第一、二項と同旨
2 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する認否
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告会社は、乾物、漬物、佃煮、惣菜の製造・加工及び販売等を目的とする会社である。
2 原告は、昭和五四年一月、被告会社に雇用され、以後、被告会社に勤務していたが、平成六年一月七日、自己都合により退職した。
原告の退職時の基本給は、一七万七〇〇〇円であった。
3 被告会社の就業規則には、退職金について、別紙のとおりの定め(二〇条1、2ア・イ)がある。
4 これによると、原告の退職金は、一二三万九〇〇〇円(勤続年数一五年)となる。
5 よって、原告は、被告会社に対し、右退職金一二三万九〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年六月二四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び被告会社の主張
(認否)
1 請求原因1の事実は認める。
ただし、実際には製造・加工業務は行っていない。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実は認める。
4 同4の主張は争う。
(主張)
1 被告会社では、別紙記載の就業規則を定めているところ、原告には同規則所定の退職金の不支給事由に該当する次の事実があった。
(一) 原告は、在職中、得意先をほとんど回らず、そのため、営業成績が極めて悪く、勤務態度も従業員の中で最も悪かった。
(二) 原告は、被告会社から一日数回ポケットベルで呼び出されても、昼頃までは応答しなかった。
(三) 原告は、被告会社に提出すべき営業日報を一か月以上過ぎてからまとめて提出したばかりでなく、営業日報に虚偽の記載をした。
(四) 原告は、得意先に荷物を配送せず、得意先から苦情が来てもすぐに処理しなかった。
(五) 原告は、毎月なすべき得意先の集金に行かなかった。
(六) 原告は、被告会社の車両を使用して運送業者のために夜間アルバイトを数十回行い、一回につき五〇〇〇円を受け取り、翌日の午前中には寝ていた。
(七) 右(一)ないし(五)は就業規則一三条4に、右(六)は就業規則一四条4、6にそれぞれ該当するから、被告会社は、就業規則二〇条2エにより、原告に対して退職金を支払う義務はない。
2 なお、仮に退職金の支払義務があるとしても、過去に退職金の計算に関して、試用期間(三か月)を在職年数に算入したことはなく、このことは、就業規則の付則一三条からも明らかである。したがって、退職金の計算の基礎となる原告の在職年数は、一四年九か月である。
三 被告会社の主張に対する原告の反論
1 被告会社の主張1の事実は否認し、その主張は争う。
被告会社の就業規則は、本件訴訟のために急遽作成されたものと強く疑われるのであり、そうでないとしても、従業員に全く閲覧の機会を与えてないから、従業員に不利益な部分である退職金不支給の規定は無効である。
被告会社の就業規則の退職金支給条件自体は明確であり、使用者の支給が義務付けられているから(二〇条1、2ア・イ)、退職金は賃金後払い的性格を有すると考えられる。一方、退職金の不支給については、就業規則二〇条2エ、一三条、一四条の各規定は極めて不明確であり、恣意的適用が可能であるから、このような規定は、退職金の後(ママ)払い的性格からして、無効というべきである。
仮に就業規則二〇条エの規定が有効であるとしても、右性格からして、これを限定的に解すべきであり、懲戒解雇として社会的に相当である場合には退職金が支給されない旨の規定として限定的に解釈されるべきである。そして、原告の勤務等について、懲戒解雇を社会的に相当であるとする事由は存しない。
仮に被告会社主張のアルバイトの事実があったとしても、原告の退職の時点で、被告会社には原告が配送を代行していたという事実を含め原告の不正行為はすべて判明していたのに、被告会社は原告を自己都合退職の扱いにしたのであるから、既にその時点で退職金請求権が発生していたのであって、これを事後的に消滅させることはできない。
2 同2の主張について
試用期間を付した雇用契約は、特段の事情のない限り、解約権留保特約のある雇用契約であって、試用期間も在職年数に含まれる。
被告の就業規則などにも、試用期間が雇用契約に基づくものでないという規定や、在職年数に含まれないという規定はないから、試用期間も退職金の算定基準となる在職年数に含まれるというべきである。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因等について
1 請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
2 右争いがない就業規則の規定(二〇条1、2ア・イ)に従い、原告の退職金を計算すると、一二三万九〇〇〇円(勤続年数一五年)となる。
もっとも、被告会社は、過去に退職金の計算に関して、試用期間(三か月)を在職年数に算入したことはなく、このことは、就業規則の付則一三条からも明らかであると主張している。
しかし、試用期間中の勤務は雇用契約に基づくものであるから、試用期間は在職期間の一部というべきであり、他方、右付則が存在すること自体から原告の試用期間を在職年数に算入しないとすることはできないし、被告会社が過去に従業員の退職金を支払った際、試用期間を在職年数から差し引いて計算していたとの事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、被告会社の右主張は理由がない。
二 退職金不支給事由について
1 (証拠略)によると、被告会社の就業規則では、別紙(抜粋)のとおり定めていることが認められる(ただし、二〇条1、2ア・イについては争いがない。)ところ、原告は、被告会社の就業規則は本件訴訟のために急遽作成されたものと強く疑われるのであり、そうでないとしても、従業員に全く閲覧の機会を与えていないから、従業員に不利益な部分である退職金不支給の規定は無効であると主張している。
確かに、作成に関して原告の指摘するような疑問が全くないわけではないが、証拠(<証拠・人証略>)によると、被告会社では、平成二年六月ころ、被告会社代表者が自ら起案して右就業規則を作成し、これを被告会社代表者の机の上に置いて、従業員が閲覧可能な状態にしていたことが認められるのであり、この認定を覆すに足りる証拠はない。したがって、原告の右主張は理由がないというべきである。
2 また、原告は、被告会社の退職金は賃金後払い的性格を有すると考えられるところ、就業規則の退職金の不支給の各規定は極めて不明確で恣意的適用が可能であるから無効である旨主張している。
なるほど、就業規則二〇条1、2ア・イでは、退職金を支給される従業員の範囲、退職金の計算方法が定められており、退職金の支給条件は明確であるから、右退職金が賃金の後払いとしての性格を有することは否定できない。しかし、同就業規則において、同条2ウ・エの規定が設けられていることからすると、右退職金は、従業員の在職中の功労に対する報償の性質をも併せ持つとみられるのであり、同条2エの規定は、退職従業員に一三条、一四条等に該当する行為があった場合には、在職中の勤務の功労に対する評価が減殺されて退職金の権利自体が発生しない趣旨と解するのが相当である。そして、二〇条2エの定める不支給の要件が無効とすべきほど不明確であるということはできない。もっとも、右に述べたとおり、右退職金が賃金の後払い的な性格をも有することにかんがみると、同条2エは、退職する従業員に長年の勤続の功労を全く失わせる程度の著しい背信的な事由が存在する場合に限り、退職金が支給されない旨の規定であると解するのが相当である。
3 そこで、右のような観点から、被告会社の主張する事実について検討するに、証拠(<証拠・人証略>)によると、原告は、得意先を回ることに熱心でなく、営業成績の面でも他の営業担当者よりも劣っていたこと、被告会社からポケットベルで呼び出されても、応答しないことがあったこと、被告会社に提出すべき営業日報の提出が遅れがちであり、一部不正確な記載をしたこと、得意先への配達を怠ったため、苦情が寄せられたことがあったこと、毎月なすべき得意先の集金が遅れがちであったこと、被告会社の車両を使用して運送業者に代わって夜間配送の業務を行い、その一回につき五〇〇〇円を謝礼として受け取ったこと、以上の事実が認められる。
しかし、他面、証拠(<証拠・人証略>)によると、原告の営業成績が落ちたのは得意先が廃業したことが一因であること、ポケットベルの呼び出しに対して応答しなかったのは、意図的なものではなく、車の中に置いたままにしたためや、スイッチを夜に切ったまま、朝に入れ忘れたことなどによるものであること、営業日報の提出については、他の従業員も一週間ないし一〇日分くらいをまとめて書いて被告会社に提出しており、時間等の記載は他の従業員においても必ずしも正確には行われておらず、簡略化されていること、原告による得意先の集金については、遅れてはいたものの、回収自体はなされていたこと、運送業者のために配送業務を代行したのは、右業者(個人営業)である玉田壮一郎から体の不調を理由に配送を依頼されたためであり、当初、対価を受け取る意思はなかったこと、その期間、回数についても退職前の一か月ほどの間に一〇数回程度行ったにとどまること、右業者は原告の担当する得意先に商品を配送していたため、もし右業者が配送できなければ、結局、原告が代わって配送する必要があったこと、原告は、自分の仕事が終わってから一時間程度配送を行っただけで、翌日の仕事に支障が出るほどの状況ではなかったこと、原告が勤務に対する熱意を失った理由の一つは、被告会社の現代表者と気が合わなかったことにあり、この点が被告会社退職の動機にもなっていること、以上のことが認められる。
4 以上認定の事実によると、原告には、被告会社在職中、問題となる行為があったことは否定できない。すなわち、原告が退職前の一か月ほどの間に一〇数回程度運送業者から謝礼をもらって配送を代行したことは、就業規則一四条4に該当する(勤務時間内の行為と認めるに足りる証拠はないから、同条6に該当するとはいえない。)。しかし、それが原告の一五年間にわたる勤続の功労を全く無に帰させるほどのものとはいえないし、右3前段認定の原告のその他の行為、勤務態度についても、就業規則一三条4の「きわめて不適当と思われる営業態度であると会社が認めたとき」とは、客観的にみて、極めて不適当な営業態度であると認められるときの意味と解すべきであるから、これに該当するということは困難であり、かつ、前同様、それが原告の長年の勤続の功労を全く無に帰させるほどのものであるとはいえない。したがって、退職金不支給の規定に該当するということは無理というべきである。
なお、就業規則二〇条2ウには、成績、状況により退職金の増額、減額をなし得る旨が規定されているが、本件において、被告会社が同規定に基づいて減額裁定した旨の主張、立証はない。
三 結論
以上の次第で、原告の請求は理由がある(訴訟送達の日が平成六年六月二三日であることは本件記録上明らかである。)から認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 小佐田潔)
《別紙》 就業規則(抜粋)
(解雇)
第一三条 社員が次のいずれかに当たるときは、解雇し損害賠償を求めることが出来る。
1 不正行為をなしたる者
2 会社に迷惑をかける、何らかの発言、宣伝をなしたとき
3 商品を私用に供した場合
4 社員の態度が、会社に於て、或いは、得意先に対して、きわめて不適当とおもわれる営業態度であると会社が認めたとき
5 その他相当な理由があるとき
(懲戒)
第一四条 会社は、社員が次のいずれかに当たる場合は懲戒解雇とし、その者に損害賠償を求める。
たとえ、時間を要しても、会社は、正確に調査し、退職後も改めて懲戒解雇出来るものとし、社員は、当該賠償の責任は退職後も引続き免れることは出来ない。
1 商品の横流しを行った者
2 会社の商品の仕入価格、販売先、営業方針、その他機密に関する事項を外にもらしたる者
3 会社の社員、上司の批判をし、これを内外に宣伝したる者
4 会社の車輌を使用して、他の作業を行い、金品の授受を行った者
5 集金の金、或いは、他社、他人の金を何のことわりもなく私用に供したる者
6 会社の勤務時間を利用して、他の仕事をし、金品の授受を行った者、もしくは、それに類する行為をなしたる者
7 その他懲戒解雇に相当すると会社が認めた行為をなしたる場合
(退職金)
第二〇条
1 退職金は満二年をもって支給する。
2 その計算は原則として次の通りとする。
ア 普通解雇(定年退職)
基本給×年数(在職年数-1年)=退職金
イ 自己都合退職は前項の1/2とする。
ウ 退職金には成績、状況により、プラス、マイナスが付く。
エ 退職金の支払い前、後にかかわらず前記一三条、一四条等の行為が発覚した場合、時間がかかっても、正確に調査し、本人に損害賠償を求めるものとする。退職金は支払わず、または返却させる。
(付則)
第一三条 この規則に記されていない条項については、問題発生の都度、会社役員の協議によって定めるものとする。